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戦国時代・上杉家の執政・直江兼続の偉業を紹介する専門サイトです。主に米沢での偉業を中心にご紹介します。

元は越後高田(現上越市)にあった林泉寺は、上杉景勝の時代、減封に伴って米沢へと移りました。直江夫婦もここに眠っています。

林泉寺(直江兼続夫妻の墓所)

林泉寺
林泉寺正門

直江兼続・お船の方の墓所
直江兼続夫妻のお墓
 林泉寺は今から約500年前、長尾景虎(後の上杉謙信)の祖父長尾能景が父重景の菩提を弔うために、越後国高田に建立されました。その後、上杉家を相続した謙信によって上杉家菩提寺となりました。
 慶長6年(1601年)、上杉景勝の米沢30万石減封によって、林泉寺も米沢に移りました。
 境内には景勝の正室菊姫(武田信玄の娘)や鷹山の側室お豊の方など、歴代藩主の奥方や子女の御廟があります。

 そして、ひときわ目立つ場所にあるのが直江兼続夫妻のお墓です。夫婦の墓所としては珍しく、夫と妻が共に同じ大きさの墓となっています。直江夫婦は仲睦まじかったと伝承にもあるように、長い時を経た現在も、二人は共に寄り添って眠っています。
この墓所は山形県指定史跡となっています。


林泉寺 境内
上杉家墓所上杉家墓所
歴代上杉家藩主の妻子が葬られている墓地です。林泉寺の南の一角に上杉家墓所として門と柵で仕切られています。
歴代藩主は御廟所へ葬られています。
武田信清の墓 武田信清の墓
 上杉家墓所のすぐ隣にある、武田信清の墓です。
 武田信玄の六男である信清は武田家滅亡後、姉・菊姫が嫁いだ上杉景勝を頼って越後にきました。上杉景勝は上杉家の義を重んじ、信清を迎え入れました。
 上杉家歴代墓所のすぐ隣に墓所があることから、武田家を重んじた事がうかがえます。

万年塔万年塔
万年塔
 万年塔とは直江兼続が考案した、米沢藩独特の墓石です。 中がくりぬかれ、側面に穴があけられた長方形の石の上に、屋根をのせた形をしています。これは有事の際には屋根を取り外してバリケードとし、また、洪水の際には土をつめて土嚢になるようにと考えられたものでした。
 この万年塔は、現在も米沢のあちらこちらのお寺でみかけることができます。